のんびり日記

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富岡鉄斎「旧蝦夷風俗図」

作品の解説や紹介が目的ではありません。正しい/正しくないなどは置いておいて、自分の感じたこと、考えたこと、想像したことを自由に書きたいと思います

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出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collectionItems/view/12f08f3c06a62af80737925634848303/19589?lang=jpn)

今回は前回の続きで富岡鉄斎の「旧蝦夷風俗図」について見ていきたいと思います。
今回は右隻を中心に見て行きます。

まず目に飛び込んでくるのが火を囲み輪になって踊っている人々。アニメーションの一部であるかのような躍動感がある。最初はどの民族にもある宴の際の踊りを単に描いたものだろうと思っていたのだが、アイヌの事が気になりインターネットで検索したところ、この踊りはイオマンテリムセ(熊の霊送りの踊りという意味らしい)と呼ばれ、彼らアイヌ民族にとって最も神聖な儀式の1つであるそうだ(youtubeイオマンテと調べると踊りの動画を見ることができる)。イオマンテは狩で獲物の命を奪った際に、その霊を神々の世界に送り返す儀式だそうだ。彼らの生活と関わりの深い動物たちをカムイとして敬うため、儀式の対象となる動物は熊に限らず、狩の獲物となった動物全般に対しても行われるらしい。この”送り”を通して、人間と神は繋がっていたように思える。彼らには僕たちが見ることのできない何かが見えていたような気がする。彼らの儀式の際のカムイノミ(祈りの言葉)を見ると、彼らがいかに動物や自然に対して尊敬の念を持って接しているのかが理解できる。
アイヌ民族は熊を狩る際、親グマは殺して毛皮や肉を収穫し、子グマはそのまま村に連れて帰り、人間の子供を育てるのと同じように1,2年育て上げて、村をあげて盛大な熊送りをするらしい。左隻を見てみると、右下あたりの民家の隣に丸太で囲まれた熊の姿をみる事ができる。それがまさに彼らが育てている子グマなのだろう。そして右隻では主に、その熊送りの儀式の様子を見て取れる。

右隻の絵は非常に面白い。何が面白いかというと、異なる時間、場面が1つの画の中で展開されていることだ。画の中では、熊が3匹描かれているが、それは異なる3匹の熊ではなく、1匹の熊を巡って展開される3つのストーリーが描かれているということが推測できる。円を作り踊っている人たちが背景の山とかとは一切の関係がなく独立して描かれている理由がここで分かった。

ストーリーは右下の檻から出されるところから始まる。そして弓矢で射抜かれて、丸太で首をしめて殺す様子が中央下から左下に向かって描かれている。そして画面上部では饗宴の様子が描かれている。踊りと、食事の出来事の前後関係はわからない。同時進行の可能性もある。村全体で執り行われる儀式以外にも規模の大小を含めて、様々な形態をとって日常的に狩をした際は感謝を伝えていたみたいだ。現代において、形としてしか残っていない”いただきます”や、食事を平気で残したりしてしまうのも、食というものがあまりにも生命とかけ離れたものとなっているから来るものだと感じた。スーパーで売っている肉、魚、野菜など全て加工済みで、そこから生命の連続性を感じることは難しい。

わざわざ人間の子供と同じように子熊を育て、最後には神聖な儀式を行う事で霊を送り返してあげる。彼らの価値観の根底にあるものがこの儀式から見て取れるような気がする。弓矢で射抜く場面そこにいるのは男だけではなく、女もそして子供もいる。やはり共に過ごした時間というのは人間と熊という境界を超えて、心を繋げてくれる。しかもそれは純粋であればあるほど(特に子供たちみたいな)、熊に対する思い入れは強くなるだろう。そんなファミリーの一部である熊に対して、自然に死ぬのを待ったり、自然に返したりするのではなく、育て上げてきた自分たちの手で殺すのだ。中には泣く人もいれば、殺される場面を見るのを拒む人もいただろう。しかし、それが現実なのであり、あらゆる生命も生と死が連続的に繰り返される中の一端でしかないのである。そこに目を向けることは非常に苦しくてつらい。しかしそこに正面から向き合うことでしか、自分という存在がいかに他の生命に支えられているのかを実感し、人間という枠を超えてあらゆる自然、生命に対して感謝する心を育むことはできないのではないかと思う。そんな伝統を持ち、なお現在までその文化、伝統を途切れさすことなく続けているアイヌ民族は偉大であり、誇るべき文化、民族であると感じた。鉄斎も同じ気持ちになり手に筆を握ったのだろうと勝手ながらに思う。

【参考資料】

https://www.frpac.or.jp/manual/files/2005_12.pdf